『日本は韓国の10年後の姿?
「N放世代」懸念される若者』
今の日本の姿が10年後20年後の韓国の姿だと昔からよく言われてきました。
今の日本の若者は将来の不安を抱えつつ無機質で向上心がないと言われています。
そんな今の日本の若者を見て韓国の若者は自分の将来をどう考えるのでしょうか?
希望がなくなって幸せになった日本の若者たち
挫けてしまい未来に希望が持てない期間が長くなると、逆に何も期待しなくなる傾向があり、
それが今の日本の若者の状態に当てはまっている。
景気が回復し、求職者1人に対して1.37の求人が存在している状態でも、
就職して上を目指すことに対して関心を持たない。
そして、未来に期待を持たなくなって、逆に幸せを感じる若者が増えている。
そんな日本の若者たちの状況をいくつかの指標をもって確認すると、
「今まで付き合った人数」が昔に比べて減少し、
「男女交際は必要」と感じる人の割合も現象している。
また、仕事において、昇進する必要がないと考える人も増加した。
「最終的な目標が社長」という新入社員は、1990年代が46.7%だったのに対して、
2017年には8.9%に減少。
「地位や職責に興味がない」という新入社員は、1990年代が20.0%だったのに対して、
2017年には49.9%に増加。
また、若者の消費活動は萎縮傾向にある中、コンビニ弁当だけは売り上げを上げており、
日本のコンビニでの利益において、80%はコンビニ弁当となっている。
そんな状況にあって、若者の行動範囲も縮まっている、
通勤を含めた全ての行動を、半径1.6km(1マイル)圏内で収めようとしており、
「1マイル族」という言葉も登場した。
そのような状態でも、「生活に満足している」との指標では、
1960年代が60.0%、1990年代が70.0%、2010年代が70.5%と増加している。
恋愛することも、家庭を持つことも、仕事での成功も、そして食事まで放棄した状態にあって、
幸せだと感じている若者達のことは「悟り世代」とも呼ばれている。
しかし、悟り世代が持っている真実は、現状が素晴らしくて満足している訳ではなく、
何も期待しなくなったことで、安定の中に幸せを感じているということなのです。
未来への希望が完全に無くなったことにより、絶望することもなくなった。
そして、日本の若者が幸せだと感じる為に、最小限のことで満足できるようになったからである。
今日より明日を良くしていこうという思いはなく、逆にこの捻くれた感性から安定感を得ている。
日本の若者と比較すると、韓国の若者はどちらかに二分化される。
1.不幸な状況にあるが、必死にもがけばなんとかできるという希望を捨てきれない為、
絶望することを受け入れられない。
2.希望が一切無い状態よりは、少しでも希望がある状態の不幸である方がまだまし。
【この記事に対する私の見解】
このように、あちらの認識では今の日本の若者は、希望がないから絶望もない状況のようです。
確かに、今の日本の若者を見ているとその様な印象を受けます。
この流れは、「N放世代」と呼ばれる韓国の若者が増加している現状を見て、
日本の10年後を追いかけると考えている韓国では、
日本の若者から、自国の若者の今後がどうなっていくのかを見ようとしているようです。
時代とともに社会が変われば、国民の心理やライフスタイルもまた大きく変化するかもしれません。
今の日本人は、こんな時期だからというのもあるかもしれませんが、
基本的に未来にあまり期待していないようです。
感染症の拡大や長引く不景気、リストラ、ボーナス減給や晩婚化に少子化問題。
さらには閉鎖的で消極的になっている印象がある日本の商業は、
今後ますます不活発になっていくように想像できます。
WHO会長選の件でもわかるように、国際的な存在感も薄れつつあります。
これでは将来に希望が持てなくなっても当然と言っても過言ではありません。
しかしながら、統計でもあるようにそれでも生活に満足している人が増えており、
相対的に見ればそれほど国民が不幸になっているように見えません。
プラスになっている部分もあるのですから、ある意味幸せともいえるのでしょうか。
実際に日本の幸せレベルが以前より向上しているのは注目ポイントです。
この矛盾とも言える現象はどこから来ているのでしょうか?
「希望すらないから絶望も生まれない」ということではないでしょうか。
希望がないところにそもそも絶望は生まれません。
だから心身ともに波風を立てることがなく、精神は安定するのかもしれません。
希望があるのは一見幸福のように感じます。
しかし希望があるということは、状況によっては絶望に傾く恐れもあるということです。
現代では希望すらないのですから、絶望しようがないということです。
こう考えると、今の日本人が幸せで安定しているのは、理論上あり得ることだと言えます。
必ずしも「希望があるから幸せとは限らない」というのもわかります。
希望がなくたって、心の安定や充足感は得られるのかもしれません。
今の世の中、希望がないほうが不幸や絶望へのギャップがなくなり、疲れないのかもしれませんね。
これは現状の中で極力幸せに生きようという非常にスマートな考え方と言えます。
日本の多くの若者が、幸せは相対的なものであるという事を理解している表れではないでしょうか?
ところで、日本においても昔はもっと貪欲な人が多かった気がします。
今の韓国の若者のメンタリティはこのイメージに近いかもしれません。
それは希望のためには絶望もいとわず前進したいと考えている人が多いからです。
今の韓国にそれほど希望があるのかと言われると疑問を持たざるを得ませんが、
それでも彼らは希望ありきで動くことができるのです。
韓国の若者にはミニマムでスマートな生き方というのは理解できないのではないでしょうか?
しかし、冒頭でも言いましたが、着実にそういった感性の若者は増えています。
10年20年後に韓国の若者たちが、現在の日本の若者のようになってしまうのかもしれませんが、
ある程度の安定が望める日本と韓国では環境が全く違うと思われます。
このまま低迷を続けていけば、絶望の中での安定が待っているかもしれませんね。
もしくは、底から這いあがろうとして、よりストイックになっているかもしれませんが…
■この記事に対する反響のポイント
・今後が絶望的な国への不安
・若者への負の遺産
・日本でこれでは韓国はどうなるのか?
それでは、この話題に対する反響なのですが、
やはり、韓国では今後の若者のあり方が心配がされているようで、「今後が不安」という声が多くみられます。
それは、こういった消極的な思考が心配というのではなく、「韓国の未来が暗い」という事のようで、
その中で若者世代が強制的に希望が持てなくなるのではという不安が多いようです。
また、「多額の借金を税金で押しつける」といった後ろめたさを感じている声もあり、
やはり、根本的に日本とは少し違う視点での心配をしているように見えますね。
【これに対する私の見解】
以前なら会社で昇進したいと考え、必死で働くのが普通でしたね。
しかし、今の若者は昇進をさほど求めない人が多いのか、昇進欲みたいなものをあまり感じません。
昇進に関わらず恋愛や結婚など、生き方全般に対してあまりガッツを感じないのです。
昔の人のほうが出世や恋愛面など、とにかく人生に対してアグレッシブだったように思います。
日本の経済の先行きなど、漠然とした不安を感じているからこそ、
上を見ずに安定している環境が居心地いいのかもしれません。
希望がなくなれば余計なプレッシャーもなくなり、逆に人々は幸せなのかもしれませんね。
そうやって若者は来る絶望のために備えているのかもしれません。
その日本の出生率は1.3である一方、韓国は出生率0.8です。
さらに韓国は自傷により命を絶ってしまう割合もトップです。
経済状況を見ても、日本よりも将来に不安を抱えているのは明白なのでしょう、
感染症の影響も手伝って、今と比べ物にならないくらいベースが悪化しそうな気がしてなりません。
今後、韓国の若者は将来を見た時に
悲観的な状況を見てなにを思うのでしょうか?
続きは動画で…